「常にチャレンジする選手でいたい」アイスホッケー日本代表三浦優希が語る ”海外挑戦から得た学び”

インタビュー記事
「常にチャレンジする選手でいたい」アイスホッケー日本代表三浦優希が語る ”海外挑戦から得た学び”

ピッチで輝かしいプレーを見せるアスリート1人1人に、育成年代の頃の努力や周囲のサポートがあり、引退後の新たなチャレンジがある。izmマガジンではアスリートを中心にスポーツに向き合う人々のストーリーを、良い部分も悪い部分も包み隠さずお届けする。

Vol.8の今回は、父の影響で3歳からアイスホッケーを始め、高校2年生のときにチェコへ留学。その後、高校を自主退学しチェコに移住。U20リーグの得点王やシニアチームで試合出場を経験し、アメリカNCAAのD1に挑戦。アイスホッケー日本代表としても活躍する三浦選手の経緯と想いに迫ります。

〈PROFILE)三浦優希
早稲田実業学校高等部に進学後、高校2年生の17歳から海外での挑戦をスタート。チェコ、アメリカを経て、NCAA1部のレイクスペリア州立大学でもプレー。NHL (National Hockey League)でのプレーを目指すアイスホッケー日本代表選手。

父の影響で始めたアイスホッケー

【izm】
どのようなきっかけでアイスホッケーを始めましたか?

【三浦】
父がアイスホッケーのプロで、日本代表としてプレーしていたこともあり、その影響で始めました。
今も父を超えたい思いを持ちながら、プレーを続けています。

【izm】
アイスホッケーは練習環境の確保が難しいイメージがありますが、練習はできましたか?

【三浦】
東京では、小中学生が所属できるクラブチームが6チームほどしかなく、練習ができるリンクも3つしかありませんでした。
競技を続けられたのは、家の近くにリンクがあり、アイスホッケーをプレーしている人が身近にいたからです。
正直に言うと、僕はとてもラッキーだったと思います。

【izm】
小中学生時代は、アイスホッケーの他にスポーツをしましたか?

【三浦】
アイスホッケーの他に、スピードスケート、フィギュアスケート、柔道なども経験しました。
これらはすべて、アイスホッケーでより高いパフォーマンスを発揮するためのものでした。
今でも帰国したときは、フィギュアスケートのコーチに、アイスホッケーで必要なスケーティングの技術を指導していただきます。

【izm】
これらのスポーツを経験したのは、お父様からのご提案でしょうか?

【三浦】
そうですね。アイスホッケーに応用できる身体の動きを覚えるためだと思います。

【izm】
このときは学校の部活より、クラブチームでプレーするアイスホッケーに一生懸命でしたか?

【三浦】
はい。学校とアイスホッケーのクラブチームを両立する毎日でした。小学5、6年生のとき、東京都選抜として全国大会に2回出場。中学生のときも、東京都選抜としてプレーをする機会はありました。

【izm】
全日本の代表にはいつ招集されましたか?

【三浦】
中学3年生のときでした。
U16日本代表として海外の選手と試合はせず、合宿や紅白戦をするものでした。
アイスホッケーは、設備や環境の整っている東北地方や北海道が盛んで、圧倒的に強かったので当時の僕は場違いだと思われていました。

高校時代に感じた葛藤
全国大会がターニングポイントに

【izm】
高校はどちらに進学したのですか?

【三浦】
アイスホッケーの推薦で、早稲田実業学校高等部に進学しました。
入試の方法は通常と異なり、面接と作文でした。
とても頭の良い生徒や、全国トップクラスのスポーツ選手と同じ場所で生活できたので、僕にとってはとても新鮮で良い環境でした。

【izm】
学校にリンクがあるのですか?

【三浦】
学校内にリンクはないので、東大和市のリンクが拠点でした。

【izm】
高校へ入学してから留学まで、競技は充実していましたか?

【三浦】
早稲田実業のアイスホッケー部は、強豪ではなく経験者と未経験者の混同したチームでした。
そのため、アイスホッケーの上達だけを考えれば、他の強豪校に進学する方が良かったと思います。
それでも早稲田実業を選んだのは、関東の高校でも東北や北海道の強豪校を倒せることを、自身で証明したかったからです。
当時は、関東出身の選手が北海道へ行き、大学生や社会人になって関東に戻って来ることが当然でした。
僕は「選択肢はそれだけではない」と証明したかったのです。
しかし、高校1年生のときは僕もチームも低迷し、なかなか勝てずにいました。
個人的なことですが、関東選抜にも入れませんでした。
「本当に早稲田実業で良かったのか」と何度も考えましたが「早稲田実業を選んだのは自分だ」と奮い立たせて必死に取り組んでいました。
そんな中、高校2年生の全国大会が大きな転機になりました。
その大会で、僕自身も人生のベストゲームだと思える活躍ができ、北海道の強豪校に勝利しました。
その試合がきっかけでU18のカテゴリーを超えて、U20の日本代表に呼んでいただけました。
とても嬉しかったです。

【izm】
この試合の後、海外留学をされるのですね。

【三浦】
はい。早稲田実業に留学制度があると知り、留学できるならしようと思い立ち留学をしました。
自分の選んだ国へ留学ができる制度だったので、今の自分の実力を知るためにチェコを選びました。
チェコで参加したチームで、練習や試合をして残留のオファーをもらいました。留学期間が終了した後、早稲田実業を自主退学しアイスホッケーを続けるためにチェコに移住しました。

【izm】
チェコのU20リーグでは何年間プレーしましたか?

【三浦】
合計で2シーズン半ほどプレーをしました。
U20リーグでは活躍もできて、チームメイトにも恵まれたので、2年目にリーグ得点王になれました。
これがきっかけで、このチームのシニアチームに呼んでいただき、4試合ほどプロとして試合ができました。
留学の最大の目標を達成できたので、とても嬉しかったです。

【izm】
通常は渡航してすぐ、現地のプレースタイルになじめるものですか?

【三浦】
チェコのプレースタイルが、自分にフィットしていたのだと思います。
アメリカはフィジカルで勝負することが多い反面、ヨーロッパはスキルで勝負することが多いのです。
フィジカルは僕の課題ですが、日本国内でプレーしているときから、周りを活かすプレーが武器だったので、チェコでもその武器を発揮できたのだと思います。
チェコの選手はとても優秀で、欲しい時にパスが来たり、僕がパスを出したい場所を、正確に感じ取ってくれました。
このような体験は初めてで、とても楽しかったです。

チェコでのプレーを活かし、課題克服のためアメリカに渡航

【izm】
なぜチェコからアメリカに活動拠点を移したのですか?

【三浦】
僕はフィジカルに課題があり、強くしないとこの先で戦えないと思っていました。
そのため、チェコに残らず北米で挑戦することに決めました。

【izm】
今の大学には、どのように入学したのですか?

【三浦】
チェコでプレーをした後に、アメリカのU20リーグでドラフトをしてもらい、プレーが出来ました。
北米のプレースタイルに対応するまでに少し時間がかかってしまい、結果が残せずにいたときも常に声をかけてくれていたのが、今所属しているレイクスペリア州立大学でした。
うまくいかないときも、自分のことを見続けてくれていたので、ここでプレーしようと決めました。

【izm】
U20リーグでプレーしてから大学に入学したのですね。

【三浦】
はい。同世代と比べると2年ほど入学が遅れていますが、アイスホッケー界ではよくあることです。
アイスホッケーにはジュニアリーグがあり、高校から大学までの期間にプレーができます。
ここでプレーすると、スカウトしてもらえたり、大学でプレーするための準備期間になったりするので、とても良いシステムだと思います。
多くの選手がジュニアリーグで成長していることから、アイスホッケー界の底上げにもつながっています。

NCAAに所属して、海外選手との意識に差を感じる

【izm】
アイスホッケーは、早くから海外に出るべきなのですか?

【三浦】
高いレベルでやりたいなら、早い方がいいと思います。僕は当時17歳で海外に出ましたが、それでも遅いと感じました。
ただ、アイスホッケー界は海外にチャレンジするきっかけをもらうことが、ほとんどできません。
海外でプレーをする場合は、自分から踏み出さなければなりません。
世界トップレベルの選手たちは、15歳くらいで海外にチャレンジしています。
世界には、若いときから海外にチャレンジしている選手が多いので、日本の選手も海外にチャレンジするのなら、10代前半からが良いと思います。

【izm】
10代前半で海外へチャレンジする方法はあるのですか?

【三浦】
前述のとおり、アイスホッケー界は自分で道を切り開くしかありません。
チームからのオファーはほとんどないので、自分で現地の人とつながり、エージェントやアドバイザーを通じてチームを紹介してもらう方法が一般的です。
僕はチェコにアイスホッケーをプレーしていた知人がいて、その人にチーム紹介をしていただきました。
現地のことは何もわからなかったので、とても助かりました。

【izm】
今振り返ると、小さいときからするべきだったと思うことはありますか?

【三浦】
コミュニケーションをスムーズにとるために、英語は早い時期からしておけば良かったと思います。
また、1プレーに対する考えが甘いことを、早く知るべきだったと思いました。
NCAAは1プレーの重みを知った選手たちが集まる舞台なので、自分の考えが甘いことが身に染みました。

【izm】
NCAAの選手たちは、やはり意識も高いのですね。

【三浦】
NCAAは北米の子どもたちが夢見る舞台なので、競技力はもちろん人間としても魅力がある選手が多いです。
自分やチームと向き合い、求めるレベルが高いから1プレーの質が高いと思います。
だからこそ競争もハイレベルになるし、この環境だから全員がアイスホッケーに対する強い思いがあるのです。

【izm】
トップレベルの選手たちには人間性が備わっているものですか?

【三浦】
備わっているのではなく、身につくのだと思います。
一緒にプレーした選手たちがチームから契約解除されていく中で、生き残った選手は自分がどれだけ恵まれてこの舞台に立っているか理解しています。
支えてくれる人がいて、そのおかげで競技を続けられることが目に見えてわかるようになります。
だから地元のチームへ指導をしたり、幼稚園や老人ホームへ訪問するなど、周りの人へ還元するための活動をしています。

【izm】
素晴らしい活動ですね。
今後のキャリアやビジョンはありますか?

【三浦】
僕は今NCAAに所属し、日本代表になって日本をオリンピックに導くことを目標にしています。
大学を卒業したらプロになると思いますが、まず競技者として常に海外にチャレンジする選手でいたいです。
もう1つは、上達したいと思う選手を1人でも多く助けたいと思っています。
競技をする環境がない選手が、日本国内にはたくさんいるので、そのような選手たちを助ける活動をしたいです。

【運営から】izmサポーターになりませんか?

izmマガジンは、毎月500円ご寄付いただくizmサポーターの皆様のご協力にて運営させていただいております。

【izmサポーターの寄付ページはこちら】
https://mosh.jp/classes/page/37462

皆さまからのご寄付いただいた資金は、以下等の活動資金に充てさせていただきます。

・Webメディアの記事制作(ライティング、撮影、編集、デザイン等)
・全国の取材先への交通費
・イベント企画〜運営 

法人での寄付をご希望の場合はHP問合せフォームよりご連絡ください。

皆様のご参加、お待ちしております!!
少しでも興味を持っていただけた方は気軽にお問い合わせください。

関連の記事

ご支援について

スポーツを頑張ってきた少年少女やアスリートが分け隔てなく様々な情報や機会にアクセスできる社会を作るNPO法人izmは、アスリートと社会を紡ぐメディア、事業運営を支えるご寄付を募集しています。
あなたも、izmサポーターになりませんか?

支援・寄付